今回は全米でビル・ゲイツやGoogleの元CEOであるエリック・シュミットなどが絶賛してベストセラーとなり翻訳された、ニコラス・クリスタキスの「ブループリント:よい未来を築くための進化論と人類史」をご紹介したいと思います。
コミュニティとは何か?
今回は、ちょっと小難しいです(笑、ですが、日本でも日経新聞やプレジデント、週刊東洋経済といった日本の経済界のみならず、メディアでも次々と取り上げられるなど話題となっている一冊です。
コロナが流行し始めて以降の夏に翻訳出版されており、コロナ禍で人と思うように会えない中、コミュニティとは何かということを考えるきっかけにもなる本となっています。
本の中でのニコラスの主張は明白なため、読み進めやすくなっていますがボリュームのある本なのでまとまった時間が取れないとなかなか完読できない方もいると思います。
そこで、今回は本の中で展開されているニコラスのメッセージの重要な部分を要約してお伝えしていこうと思います。
ニコラス・クリスタキス
はじめに著者のニコラス・クリスタキスについて簡単に触れておこうと思います。
ニコラス・クリスタキスはイエール大学の科学研究所の所長を務める一方、医師としても活躍しています。
実際、昨年はコロナの感染経路対策を発表したことからも話題となりました。
研究分野もネットワーク科学、進化生物学、行動遺伝学、医学、社会学など多岐にわたり、広くかつ深い専門知識を用いながら人のつながりが社会に及ぼす影響を考察しています。
彼の功績が認められ、2009年には世界で最も影響力のある100人に選出されたり、トップ・グローバル・シンカーに選出されたりするなど、ニコラス・クリスタキスはアメリカを代表する影響力のある一人と言えるでしょう。
彼の個人的なバックグラウンドとしては、ギリシャ人の両親のもとにアメリカで生まれ、幼少期をギリシャで過ごしています。
ギリシャというバックグラウンドも、哲学や神話、人類の起源等に研究対象が向いたきっかけになっているのかもしれません。
社会で起こっている分断は乗り越えられる
では、著書の内容に入っていきましょう。
本を通してニコラスが伝えようとしているのは「社会で起こっている分断は乗り越えられる」というメッセージです。
私達が暮らす現代の社会を見返すと、経済格差や人種差別、国家間対立などあらゆる分断が生じています。
では、
- このような対立や分断はどのようにして起こっているのか?
- それらを乗り越える鍵はどこにあるのか?
ということをニコラスは様々な実証研究を通して解明しようとしています。
ニコラスは多分野で検証を行い、あらゆる社会に共通する普遍的特性、つまり遺伝的に人間に備わっているものである社会性一式(ソーシャルスイート)を8つ見つけ出します。
下記がその8点です。
- 個人のアイデンティティを持つ/認識する能力
- パートナーや子供への愛情
- 交友
- 社会的なネットワーク
- 協力
- 自分が属する集団への好意(これが内集団バイアスになる)
- ゆるやかな階級制(これが相対的な平等主義になる)
- 社会的な学習と指導
これらの社会性一式を鑑みるに人間は元来善き生き物であるという性善説に立っているのがニコラスの立場です。
人を愛したり協力したりする能力は人間が遺伝的に備えている能力であり、善き世界を作っていくための鍵となります。
一般的に「遺伝子」と聞くと人の性格や能力など、個人にまつわるイメージが強いのではないでしょうか。しかし、ニコラスは遺伝子を個人を特徴づけるものだけではなく、善き社会の構築という大きなテーマにも影響を及ぼすことができると考えているのです。
この世界には青写真が存在する
本著のタイトルである「ブループリント」というのは「青写真」と訳されることが多いです。
ニコラスは本著を通じて、人間が備えている社会性一式が善き社会を作り上げていくための青写真となると訴えているのです。
人類学や進化学に属する一冊であるため、抽象的な言い回しも多くありますが、概念論ではなくニコラスの研究の実例を用いながら解説が進んでいくため、それほど読みづらさはないと思います。
例えば、「愛」などの抽象概念に関しても婚姻関係に関する研究を例に挙げながら説明がされています。
結婚制度の根底にはパートナーを持ち、自分とは別の人に対する愛情を持ちたいという人間が元来備えている欲求があることが紹介されています。
また、ニコラスはコミュニティの分析に際して、無人島に難破した2つのグループを考察対象として引き合いに出しています。
1つのグループは自分が生き残ることを最優先した一方、もう1つのグループは協力することを最優先しました。
結果、後者の方が生き残った数が多かったのです。
社会性一式(ソーシャルスイート)8ポイント
では、社会性一式に挙げられているものをもう少し掘り下げて紹介していきましょう。
1: 個人のアイデンティティを持つ/認識する能力
個人を認識できるようになると、自分を助けてくれたのは誰か、そのお礼に誰に何をするのか、という考えにつながります。
個人を認識できるようになると、愛情や交友、協力といった関係構築につながっていくのです。
2: パートナーや子供への愛情 & 3: 交友
パートナーや子供への愛情は、短期的な観点ではなく、長期的な絆を作る代表的なものです。
また、パートナーや子供への愛情は何かをしてほしいという見返りなどを求めるようなものでもないでしょう。
愛情があるからこそ、損得勘定ではない関係が築かれていくのです。
この愛情を持つ能力により、血縁を超えて3: 交友を生み出すことにもつながっていくのです。
つまり、人間が持つ、他を愛する能力は、パートナーや子供など身近な家族への愛情から始まり、友人や属するコミュニティへの愛情へと広がりを見せていきます。
4: 社会的なネットワーク & 5: 協力 & 6: 自分が属する集団への好意(内集団バイアス)
上記でも述べたように交友が広がっていくことで、社会的なネットワークができていきます。
ネットワークの広がりの過程でお互いが協力し合い、自分を助けてくれる輪を広げることにもなります。
これは文化の形成にもつながるものです。
一方、自分を助けてくれる集団に好意を寄せたり、忠誠心を持ったりすることで、6: 内集団バイアスが発生してしまいます。
7: ゆるやかな階級制
集団が出来上がると、その中で地位が確立されていくことは容易に想像がつくでしょう。
地位、もしくは階級制には2種類あり、支配力に基づくものと、威信によるものがあるとニコラスは言います。
支配力による階級制は、例えば体格の大きさや相手への攻撃力など、力の強さによるものです。
そのため、支配力による階級制の下位に属する人間は上位の人間を恐れ、距離を取ろうとします。
一方、威信による場合では、上位の人間が下位の人間を助けることによって階級が生じます。
そのため、下位の人間は上位の人間に対して尊敬などを抱くことになったり、人が集まってきたりするのです。
そして、ネットワークの広がりが見られるようになります。
社会を見渡すと支配力による階級制も威信による階級制もどちらも存在していますが、人類の歴史を振り返ると、威信による階級制がより発達していくことで社会が形成されてきていることが分かります。
8: 社会的な学習と指導
上記で触れた威信による階級制では、下位の人間も多くのことを学習することができます。
そして、学習で得られた知識がネットワーク内に蓄積されていくことにより、より社会や文化が発展を遂げることになります。
今日の社会が存在しているのも、人類が他と協力し、他から学び、それを蓄積してきた成果にほかなりません。
つまり、ニコラスは人間には「協力」や「学習」という遺伝子に組み込まれた特性が社会を形成、維持、発展させてきたと同時に、そのような遺伝的進化が文化をさらに進化させていることを説いているのです。
人類は争いを止めることができるのか?
一方、人間に備わっている「内集団バイアス」によって争いや悲劇が生まれてしまうことも事実です。
ただ、その解決や争いを生じさせないような方法は本著では示されていません。
人間が本来備えている社会性一式は善き社会を作る材料とはなるものの、活かし方次第で社会を崩壊させることもできてしまうこともニコラスは認めているのです。
逆説的ではあるものの、争いや悲劇のような分断が起こるのは、人間が仲間を愛し、尊重する能力を身に着けたからだと述べています。
この善き能力が差異をも生んでしまい、分断が生まれているというのが彼の主張です。
上記のように人間には一見相反する特性が備わっており、分断が強調される現代では負の側面にばかりスポットライトが当たりがちです。
人間同士で「差異」を強調することの方が簡単だし、そのため分断が生まれてしまいます。
しかし、差異を強調するより、社会性一式の「共通性」に目を向けることが善き社会を作るとともに、進化論の観点からも合理的であるとニコラスは考えています。
本著を読み進めると、負の側面の反対には人を愛する能力や協力する能力など、善き社会を作る特性を備えていることを忘れてはならないということを再認識できるでしょう。
さらに、遺伝子の進化と文化の進化は相互に作用していることをニコラスは説いています。
階級制を発達させ、学習して知識を蓄積していくという遺伝的に組み込まれた特性が次々進化していくことにより、文化もさらに高度なものになっていくというのは想像ができるでしょう。
ニコラスはこのようなフィードバック作用が繰り返されることで文化が発展を遂げ、現代に至っていると考えています。
人工知能とクリスパーという不自然リスク
本著の最後でニコラスは現代科学が人類学に影響を及ぼす可能性のある事例を2つ挙げています。
それは人工知能とクリスパーです。本著でキーワードとなっている社会性一式にさえもこれら2つは影響を及ぼすのではないかというのがニコラスの危惧です。
人工知能は遺伝的に組み込まれている学習という特性に、新たな方法を提示するかもしれません。
人間の考えにはなかった視点が人工知能によって示されることにより、人間が人工知能を模倣する時がくるかもしれないというのがニコラスの一つの考えです。
また、遺伝子編集技術であるクリスパーに関しては新しい際限のない遺伝子組み換えが行われることによる、ある種非人間的な世界を作り出してしまう可能性を示唆しています。
さいごに
以上、「ブループリント:よい未来を築くための進化論と人類史」の概要についてお伝えしてきました。
人類学とだけ聞くと学術的で手が伸ばしにくい分野と感じる人もいるかもしれません。
しかし、本著では多くの身近な実例を用いて話が進むため興味深い一冊となっています。
コミュニティのあり方などに興味がある方はぜひ一度手にとってみてはいかがでしょうか。