2015年2月28日。13536日目を迎えることができました、こんばんは、富田英太です。。。なんてよく冒頭に紹介される人がありますが(よくはないけど)、、そんな簡単に1万日以上迎えることができました!なんてこと、絶対ないですよね。おつかれさまです。
SEKAI
今日で、この「やっぱとみた」ブログも、もう半年。毎日毎日、生きれることにありがたいとかんじながら書いてます。
私は、小学校の頃から、今日が終わりの日と思って生きてきました。。。
なわけないけど、なんとなく本当に実感があったかどうかはわからないですが、そんな気がしてるわけです。
だからと言って、毎日毎日、後悔しないように必死に生きてきたわけではありません。べつに、「あした世界が終わってもいいか」くらいの感じですね。
今までも様々な人に沢山の迷惑をかけ生きてきました。もうあと少し生きれたらいいかと思いながら、「長い目で考える」なんてことはまったくなく、その場その場をなんとかしのぎながら。
それでもやりたいことと言うか、なんか人と違うことをしたいと、衝動にかられながら、非常識な行動を沢山とってきました。
結果、1日1日が積み重なり13536日ですね。
恥の多い生涯を送って来ました。自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです。
でも最近少しだけ思うのは、明日死ぬ前に、すこしでも何か今世に残したいと衝動で、これが全うされれば、本当に終わってもいいというか。
恥の多い生涯を送ってきました。
でも少しでもこの人生の中で、出会ってよかった、出会って何かが良くなったと思ってもらえることがあればよかったのですが・・・自信ありません。
衝突や傷つくことを避けるためには、何か新しいことに挑戦しないことが大事だと言うことはよくわかっているのですが、やはりあきらめることができず、摩擦と衝突をもう10年以上も続けていて、まだまだ沢山の過去をひきづっています。
そして、今も生きているだけで、たくさんの問題の火種と、迷惑を掛けながら、それでも、今年、やっとひとつ残せるモノができると言えるかも知れません。
こんな自分に人間らしいことが起こるわけですが、やっぱり最後まで世間的に一般の人生とは言えないようです。
(悩みの無い人生なんか無いわけで、私以外のすべての人が沢山の悩みをかかえ、生きていますよね、だから、標準の人生なんてないんですよね)
さいごに
あと一日、13537日目を生きるために、明日も宜しくお願いいたします。明日で最後かもしれないですが、明日もなにかのこせることをさがしたいと思います。
そんなことを毎日思いながら、1万回以上続けてこれるわけですから、明日以降もずっとそんな毎日が続くことが保証されているような気がして仕方無いのですが、そうじゃないよ!って毎回教わるような出来事がたくさん起こりすぎて、私は恵まれているのかもしれません。
いつも寝る前に、今日が最後の日だったと思い、もし明日目を覚ますことができれば、一日、何が残せすことができるだろうかって考えながら明日起きたいと考えています。