【ひとりごと】四十にして惑わず




この「やっぱとみた」ブログも300記事を超えることができました。ということで、やはり継続は力なりですね。 実は言うと、昔は、この継続という言葉が苦手でした。 ちょっとやっては、すぐにあきらめたり、 違う事に飛びついては、やはり長続きしない。 今、振り返ると、 すぐ先が見えてしまう気になってしまう事が原因でした。

見える景色は、変わっていく

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高いビルを登っていくのに、 まずは、2階へ、3階へ、そして4階へ。 一歩一歩着実に登りながら、それぞれの階層で見える景色から、また更に、上をめざしていくという段階が必要だと思います。

しかしながら、当時の私は、 たったの2階から見える景色から、 勝手にその先を判断してしまい、やる意味が無いと、また別のビルを探そうとしてしまう輩でした。

早く大人になりたい、早く成功しなきゃ!っていう意味の無い、焦りにずっと追い立てられていた20代。

自分の生きる道を、しっかりと見つける事ができたのは、本当に最近の事で、私にとっては奇跡なのかもしれません。

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私がコンサルタントになった理由は、幼少時代にさかのぼります。

父親不在、母親病気の家庭で、私と7つ年下の弟とで生活してました。なんとかしたいと思いながら、幼く何もできない日々。

毎日、母親の病状の悪化におびえながら、1歳に満たない弟の心配をし、頻繁に、知恵熱をだすような小学校低学年の私。

  • 早く大人になりたい。
  • 早く、この状況を解決できる力を手に入れたい。

そういった幼少の想いが、焦りを生み、また、本当の自分を探そうとする道に歩み出そうとした原点です。

私の仕事は、「問題解決

幼き頃に夢見た仕事を、大人になった今、天職としました。 本当にまだまだこれからですが、 この37年間、無駄な事はひとつもなかったと 心から思えました。

いよいよアラフォーを迎え、そろそろ命の使い方について惑わずの歳となりました。

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孔子が晩年に振り返って言ったことば。『論語・為政』に、

子曰く、吾十有五にして学に志す、三十にして立つ、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳順う、七十にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず

「私は十五才で学問を志し、三十才で学問の基礎ができて自立でき、四十才になり迷うことがなくなった。五十才には天から与えられた使命を知り、六十才で人のことばに素直に耳を傾けることができるようになり、七十才で思うままに生きても人の道から外れるようなことはなくなった」とあります。

そして、やっぱり家族への感謝が生まれてきました。 無限大の可能性を胸に秘めながら、 自ら枠にはめてしまう事無く、これからも、おもいっきり生きたいと思います。

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